1998年 NBAドラフト

NBAネタ
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前年のドラフト翌年のドラフトドラフトトップ

新人王:ビンス・カーター(Vince Carter)
All Rookie Team
1st:マイク・ビビービンス・カーターマット・ハープリングポール・ピアースジェイソン・ウィリアムス

主なプレイヤー

1.マイケル・オロウォカンディ(Michael Olowokandi)
キャプチャ

出身校:パシフィック大学
ポジション: C
所属チーム:LAC(1998~2003)→MIN(2003~2006)→BOS(2006~2007)
キャリア平均:8.3PPG、6.8RPG、0.7APG、1.4BPG

愛称は「キャンディーマン」。
ナイジェリア出身。
身長213cmのビッグマンは同郷のスーパースターであるアキーム・オラジュワンにも例えられたが、1年目は平均8.9得点、7.9リバウンド、1.2ブロック、FG成功率は43.1%とドラフト1位指名に見合う活躍を見せる事はできなかった。
大学からバスケを始めたオロウォカンディの潜在能力にも期待がかかったが、2002-03シーズンに記録した平均12.3得点、9.1リバウンド、2.2ブロックがキャリアハイとなり、以降は故障の影響もあって数字を急激に下降させていった。
youtube:http://youtu.be/6Fr2AWZy_8A

2.マイク・ビビー(Mike Bibby)
キャプチャ

出身校:アリゾナ大学
ポジション: PG
所属チーム:VAN(1998~2001)→SAC(2001~2008)→ATL(2008~2011)→WAS(2011)→MIA(2011)→NYK(2011~2012)
キャリア平均:14.7PPG、3.1RPG、5.5APG、1.2SPG、.379 3P%

70年代にフィラデルフィア・76ersなどで活躍したヘンリー・ビビーを父に持ち、自身もリーグを代表するクレバーな司令塔として活躍した。
アリゾナ大をNCAAトーナメント優勝に導き、「シュートの打てるジェイソン・キッド」と高く評価されて、低迷を続けるバンクーバー・グリズリーズに入団する。
1年目からチームの司令塔としてプレーし、平均13.2得点、6.5アシストを記録してオールルーキー1stチームに選出される活躍を見せたが、チームは過去最低の勝率を記録するなど低迷から脱出する事はできなかった。
チームはその後も浮上の兆しを見せず、3年目のシーズン終了後にジェイソン・ウィリアムスらとのトレードでサクラメント・キングスへと移籍した。
能力の高い選手を揃えながらプレイオフを勝ち上がれずにいたキングスは、安定したゲームメイクを見せるビビーの加入によってリーグ屈指の強豪チームへと変貌を遂げる。
キングスはビビー加入1年目にチーム最高記録となる61勝21敗という好成績を残し、プレイオフのカンファレンス決勝では3連覇を狙うロサンゼルス・レイカーズの前に敗退したものの、レイカーズをシリーズ敗退寸前まで追い込む健闘を見せた。
とくに第5戦では、ビビーが終了直前にファイナル進出に王手をかける決勝シュートを沈め、この年のプレイオフを代表する名シーンのひとつとなった。
キングスはその後、主力選手が次々とチームを離れ、徐々に下降線を辿り始める事になったが、ビビーは2005-06シーズンにキャリアハイとなる平均21.1得点を記録するなど奮闘を続け、チームをプレイオフ圏内にとどまらせる活躍を見せた。
2008年には4人の選手と1つのドラフト指名権との交換でアトランタ・ホークスにトレード移籍し、リーグ屈指のスターティングファイブの一角としてチームの好成績に貢献した。
キャリア晩年は移籍を繰り返し、2011-12シーズンにニューヨーク・ニックスでプレーしたのを最後に現役を引退した。
youtube:http://youtu.be/XzsArsp3KPw

3.リーフ・ラフレンツ(Raef LaFrentz)
キャプチャ

出身校:カンザス大学
ポジション: C、PF
所属チーム:DEN(1998~2002)→DAL(2002~2003)→BOS(2003~2006)→POR(2006~2008)
キャリア平均:10.1PPG、6.1RPG、1.1APG、1.6BPG、.363 3P%

アウトサイドシュートを武器に持つ身長211cmのビッグマン。
当時リーグを席巻していたシャキール・オニールをアウトサイドに引っ張り出せる選手として期待され、3位指名という高順位でデンバー・ナゲッツに入団する。
1年目は故障によりシーズンの大半を欠場したが、主力選手として活躍を始めた2年目のシーズンに平均12.4得点、7.9リバウンド、2.2ブロックを記録した。
2001-02シーズン途中にダラス・マーベリックスへトレード移籍し、リバウンドやゴール下のディフェンスに対する姿勢などから批判を浴びる事もあったが、先発センターとしてシーズン後半の好成績に貢献し、シーズン終了後に開催されたバスケットボール世界選手権にはアメリカ代表として出場した。
2003年にボストン・セルティックスに移籍し、カンザス大学でともにプレーしたポール・ピアースと再びチームメイトとなる。
移籍後は故障に苦しみ、出場時間を制限された中でのプレーとなったが、2005-06シーズンにはチームトップとなる112本のスリーポイントシュートを成功させたほか、成功率も39.2%と高い数字を記録するなど存在感を示した。
youtube:http://youtu.be/WL4rBFnlq9I

4.アントワン・ジェイミソン(Antawn Jamison)
キャプチャ

出身校:ノースカロライナ大学
ポジション: PF、SF
所属チーム:GSW(1998~2003)→DAL(2003~2004)→WAS(2004~2010)→CLE(2010~2012)→LAL(2012~2013)→LAC(2013~2014)
キャリア平均:18.5PPG、7.5RPG、1.6APG、1.0SPG
個人賞:Sixth Man of the Year(2003-2004)
オールスター出場:2回(2005、2008)

トロント・ラプターズからドラフト指名を受けた直後、大学時代のチームメイトであるビンス・カーターとのトレードでゴールデンステイト・ウォリアーズに移籍する。
即戦力としてデビュー前から高い評価を受けていたカーターに対し、カーター以上の潜在能力を持つと期待されていたジェイミソンだったが、デビュー後2シーズンは膝の故障に苦しみ本領を発揮できずに終わった。
3年目となる2000-01シーズン、2試合連続で51得点を叩き出すなどシーズン平均24.9得点、8.7リバウンドを記録し、チームの主軸として才能を大きく開花させる。
2003年に移籍したダラス・マーベリックスではダーク・ノビツキーマイケル・フィンリーのバックアップを務める事になったが、平均14.8得点、6.3リバウンドを記録してシックスマン賞を受賞する。
シーズン終了後にワシントン・ウィザーズにトレードされると、ウォリアーズ時代のチームメイトであるギルバート・アリーナス、ラリー・ヒューズとともにチームを8シーズンぶりのプレイオフに導き、リーグを席巻する活躍を見せた。
ウォリアーズ時代にジェイミソンと不仲が噂されたアリーナスは、フリーエージェントとなるジェイミソンを何としても残留させるべきとチームに訴えるなど、その能力はチーム内外で高く評価された。
2007-08シーズンに平均21.4得点、10.2リバウンドを記録して2度目となるオールスターに選出されたが、主力選手の故障によって低迷が始まると、2010年にクリーブランド・キャバリアーズへトレードされた。
移籍後もベテランながらチームの得点源として活躍を続け、若きスター選手のカイリー・アービングとともにチームを支えた。
youtube:http://youtu.be/AvXfm5wsbaE

5.ビンス・カーター(Vince Carter)
キャプチャ

出身校:ノースカロライナ大学
ポジション: SG、SF
所属チーム:TOR(1998~2004)→NJN(2004~2009)→ORL(2009~2010)→PHO(2010~2011)→DAL(2011~2014)→MEM(2014~2017)→SAC(2017~2018)→ATL(2018~2020)
キャリア平均:16.7PPG、4.3RPG、3.1APG、1.0SPG、.371 3P%
個人賞:Rookie of the Year
ALL TEAM:All-NBA 2nd 1回、All-NBA 3rd 1回
オールスター出場:8回(2000~2007)

トロント・ラプターズでは1年目からチームを牽引し、平均18.3得点、5.7リバウンド、3.0アシスト、1.5ブロックを記録したほか、会場を騒然とさせるダンクシュートを連発するなどセンセーショナルな活躍を見せて新人王を受賞した。
2年目には新人時代に酷評されたアウトサイドシュートを向上させ、平均25.7得点を記録するリーグ屈指の選手へと成長し、チームを創設以来初のプレイオフ進出へと導く。
翌2000-01シーズンには平均27.6得点とさらに成績をアップさせ、プレイオフではカンファレンス準決勝でフィラデルフィア・76ersを相手にシリーズ平均30.4得点、6.0リバウンド、5.6アシスト、1.9スティール、2.0ブロックの大暴れを見せる。
シリーズは最終戦までもつれ込む激戦となり、試合終了直前にカーターが放ったシュートが外れた瞬間、ラプターズのシーズン終了が決まった。
新興チームのラプターズにとっては躍進のシーズンとなったが、カーターが故障を抱えるようになってからは期待されたほどの成績を残す事ができず、次第にチームは低迷していく。
カーターは効果的な補強を進めないチームに対してトレードを要求するようになり、モチベーションの低いプレーを見せるようになると、ファンの間からもカーター不要論が噴出した。
ラプターズはカーター放出を余儀なくされ、2004年にニュージャージ・ネッツとの間でトレードを実施する。
ネッツ移籍後にパフォーマンスを持ち直した事でトロントのファンにはさらに大きな不評を買う事になったが、チームのディビジョン優勝に貢献するなど、ジェイソン・キッドとともにチームの核として活躍した。
カーターはリーグを代表する選手として活躍を続けたが、主力選手の故障によってチーム成績が停滞すると、ネッツは大物選手獲得を視野に入れた改革に着手し、キッドら中心選手を次々と放出していった。
カーターも2009年に故郷にあるオーランド・マジックに移籍し、以降はチームを渡り歩くキャリアを送る。
30代後半となってからは、かつての豪快なパフォーマンスは影を潜めるようになったが、チームに欠かせないロールプレイヤーへと変貌を遂げ、NBA最長となる22年の長いキャリアを送った。
youtube:http://youtu.be/hHG1g8IFbQk

7.ジェイソン・ウィリアムス(Jason Williams)
キャプチャ

出身校:フロリダ大学
ポジション: PG
所属チーム:SAC(1998~2001)→MEM(2001~2005)→MIA(2005~2008)、ORL(2009~2011)→MEM(2011)
キャリア平均:10.5PPG、2.3RPG、5.9APG、1.2SPG

トリッキーで独創的なプレーを見せる白人選手として「ホワイト・チョコレート」、「ピストル・ピートの再来」と呼ばれた。
大学時代に大麻使用によって追放処分を受け、NBAへ進む事を決意する。
サクラメント・キングス入団後は1年目からチームの司令塔として平均12.8得点、6.0アシスト、1.9スティールを記録するなど活躍し、ブラディ・ディバッツクリス・ウェバーら新加入選手とともにキングスを16シーズンぶりとなる勝ち越しに導いた。
キングスは着実に成績を向上させ、ウィリアムスもリーグ屈指の人気選手となったが、一方でスリーポイントシュートの多投やターンオーバーの多さが指摘され、試合終盤の重要な局面では控えの選手に出番を奪われていた。
2001年のプレイオフ、ロサンゼルス・レイカーズの前になすすべなく敗退すると、マイク・ビビーらとの交換でメンフィス・グリズリーズにトレードされる。
移籍1年目に平均14.8得点、8.0アシストを記録する活躍を見せたものの、ターンオーバー数は平均3.3本と依然高く、チームも23勝59敗と低迷を続けた。
相変わらず批判の的となっていたウィリアムズのプレーは、2002年に名将ヒュービー・ブラウンがヘッドコーチに就任したことで徐々に変化していく。
無謀なパスやシュートが影を潜めるようになり、安定したゲームメイクを見せる司令塔へと成長すると、グリズリーズは2003-04シーズンに50勝32敗という好成績を残し、チーム史上初のプレイオフ進出を決めた。
2005年にはリーグ史上最大となる5チーム13人が関わるトレードでマイアミ・ヒートに移籍し、移籍1年目に自身初、チーム初となる優勝に貢献した。
2008年に1度引退したが、2009年にオーランド・マジックで復帰し、2010-11シーズンに古巣のグリズリーズで11試合に出場したのを最後に引退した。
youtube:http://youtu.be/AUz18ewZlPo

8.ラリー・ヒューズ(Larry Hughes)
キャプチャ

出身校:セントルイス大学
ポジション: SG、PG、SF
所属チーム:PHI(1998~2000)→GSW(2000~2002)→WAS(2002~2005)→CLE(2005~2008)→CHI(2008~2009)→NYK(2009~2010)→CHA(2010)、ORL(2011~2012)
キャリア平均:14.1PPG、4.2RPG、3.1APG、1.5SPG
ALL TEAM:All-Defensive 1st 1回

高速のクロスオーバーを武器に大学1年生にして平均20.9得点を記録する活躍を見せ、アーリエントリーを宣言してフィラデルフィア・76ersに入団する。
76ersではアレン・アイバーソンとともに破壊力抜群のバックコート形成を期待されたが、ふたりの共存は難しく、2年目のシーズン途中にゴールデンステイト・ウォリアーズにトレードされる。
移籍後すぐはチームの得点源として活躍したが、故障やジェイソン・リチャードソンの入団などによって出場時間が減少し、フリーエージェントとなった2002年にワシントン・ウィザーズへと移籍した。
ウィザーズ移籍後は安定した成績を残し、2004-05シーズンには平均22.0得点、6.3リバウンド、4.7アシスト、2.9スティールを記録する。
このシーズンに初じめてスティール王に輝き、オールディフェンシブ1stチームにも選出されると、評価がうなぎ登りとなったヒューズはクリーブランド・キャバリアーズと大型契約を結ぶことに成功する。
リーグを代表する若手スター選手のレブロン・ジェームスを何としてもチームにつなぎとめたかったキャバリアーズは、大物選手の補強によって優勝を狙える戦力を早急に整える必要があり、ヒューズにその役割を期待した。
しかしヒューズは移籍後間もなく骨折し、復帰後もかつての姿を取り戻せずに「不良債権」のレッテルを貼られる事になった。
その後も満足な活躍ができず、移籍を繰り返した後、2012年にオーランド・マジックを解雇されNBAの舞台から去った。
左目の下にある涙のタトゥーは、若くして他界した弟への悲しみを表している。
youtube:http://youtu.be/aBi6mBqCiYU

9.ダーク・ノビツキー(Dirk Nowitzki)
キャプチャ

ポジション:PF、C
所属チーム:DAL(1998~2019)
キャリア平均:20.7PPG、7.5RPG、2.4APG、.380 3P%
個人賞:MVP1回(2006-2007)、Finals MVP回(2010-2011)
ALL TEAM:All-NBA 1st 4回、All-NBA 2nd 5回、All-NBA 3rd 3回
オールスター出場:13回(2002~2012、2014~2015)

ドイツに生まれ、16歳でドイツのプロチームに加入した。
1998年に出場したナイキ・フープサミット(全米ジュニア選抜 vs 世界ジュニア選抜)での活躍がNBAスカウト陣の目にとまり、その年のNBAドラフトにエントリーする。
複数のチームがノビツキーに興味を示す中、ダラス・マーベリックスは巧妙なドラフト戦略を仕掛けてノビツキーを獲得し、さらにこのドラフトに関わるトレードによって、後にノビツキーとともにチームの中枢を担うスティーブ・ナッシュをも手に入れる。
1年目は不本意なシーズンとなったが、すぐにNBAへの順応を見せ、3年目の2000-01シーズンに平均21.8得点、9.2リバウンド、スリーポイントシュート成功率38.7%を記録する活躍でチームを11シーズンぶりとなるプレイオフ進出に導く。
さらにプレイオフ初戦で優勝候補のユタ・ジャズを撃破し、周囲を騒然とさせるアップセットを演じて見せた。
以降、ノビツキーとナッシュ、そしてマイケル・フィンリーらBIG3と称される3人を中心にマーベリックスは強豪へと成長していく。
好成績を残しながら優勝に届かないシーズンが続く中、2004年にナッシュが、翌2005年にフィンリーがチームを去ったが、ノビツキーは陣容を変えていくチームの中で大黒柱として活躍を続けた。
2005-06シーズンにキャリアハイとなる平均26.6得点、スリーポイントシュート成功率40.6%を記録し、プレイオフではチームを初のファイナルへと導く。
ともにファイナル初進出となったマイアミ・ヒートとの対戦では、ホームで2連勝を飾る幸先の良いスタートを切りながら、ノビツキーが極度のシュートスランプに陥った事もあってその後に4連敗を喫し、初のファイナルは失意のうちに幕を閉じた。
翌2006-07シーズン、マーベリックスは悲願の優勝に向けてシーズン成績67勝15敗という圧倒的な強さを見せ、優勝候補の筆頭に挙げられる。
しかし、プレイオフ初戦で第8シードのゴールデンステイト・ウォリアーズの前にまさかの敗退を喫し、史上稀に見るアップセットを演じられる事になった。
プレイオフ敗退から2週間後、ノビツキーのシーズンMVP受賞が発表されたが、大舞台で強さを見せられないノビツキーへの批判を強めるだけのものとなった。
マーベリックスはその後も好成績を残し続けたが、優勝は叶わないままチームの高齢化が問題視されるようになっていく。
2010-11シーズン、もはや旬を過ぎたとみなされていたマーベリックスは周囲の予想に反してプレイオフを勝ち進み、カンファレンス準決勝で前年王者のロサンゼルス・レイカーズを、続くカンファレンス決勝では若く勢いに乗るオクラホマシティ・サンダーを破り、5年ぶりとなるファイナル進出を決める。
5年前と同じくマイアミ・ヒートとの対戦となったシリーズは、レブロン・ジェームスら若きスター選手を擁するヒートの前に劣勢が予想されたが、ノビツキーがシリーズ平均26.0得点、9.7リバウンドの活躍でチームを牽引し、4勝2敗で悲願の優勝を成し遂げ雪辱を果たす。
これまで何度も批判にさらされてきたノビツキーは優勝の立役者としてファイナルMVPの栄冠に輝いた。
デビューから一貫してマーベリックスでプレーを続けるフランチャイズプレイヤーとして活躍し、数々のチーム記録を保持している。
213cmの身長から放つシュートは精度が高く、ノビツキーのトレードマークとなっているワンレッグ・フェイドアウェイショットは最も止める事の難しいシュートのひとつとされ、ファイナルで対戦したレブロン・ジェームスも取り入れるなど多くの選手に影響を与えている。
youtube:http://youtu.be/IeFWhasL5ec

10.ポール・ピアース(Paul Pierce)
キャプチャ

出身校:カンザス大学
ポジション: SF、SG
所属チーム:BOS(1998~2013)→BRK(2013~2014)→WAS(2014~2015)→LAC(2015~2017)
キャリア平均:19.7PPG、5.6RPG、3.5APG、1.3SPG、.368 3P%
個人賞:Finals MVP1回(2007-2008)
ALL TEAM:All-NBA 2nd 1回、All-NBA 3rd 3回
オールスター出場:10回(2002~2006、2008~2012)

少年時代からロサンゼルス・レイカーズの大ファンだったピアースは、レイカーズの宿敵であるボストン・セルティックスへの入団に当初は困惑を見せたが、ドラフト3位以内での指名が予想されながら素行の悪さの噂から多くのチームが指名を見送った事に対し、セルティックスでのプレーで見返す事を決意する。
そして、洗練されたプレースタイルで活躍するピアースはすぐにリーグで一目置かれる存在となり、その活躍を目の当たりにしたシャキール・オニールはピアースに「The Truth」というニックネームを名付けた。
リーグを代表するプレイヤーの仲間入りを果たしたピアースだったが、3年目のシーズン開幕を前にして暴漢にナイフで11カ所を刺されて瀕死の重傷を負うという悲惨な事件に巻き込まれる。
レン・バイアスレジー・ルイスの不幸を経験してきたセルティックスにとって大きな不安がよぎる中、ピアースは脅威的な回復力を見せて一ヶ月後の開幕戦に復帰し、チームでただひとり82試合に出場したほか、チームトップとなる平均25.3得点を記録して周囲を驚かせた。
翌シーズンには平均26.1得点を記録して初めてオールスターに選出され、チームを7シーズンぶりのプレイオフに導くと、カンファレンス決勝まで勝ち進んでニュージャージ・ネッツと激闘を繰り広げた。
しかし以降は徐々にチーム成績が低迷し始め、2006-07シーズンにピアースが故障で長期欠場を強いられると、セルティックスは24勝58敗という成績に沈んだ。
シーズン終了後、セルティックスは大規模な改革に着手し、多くの選手を失う代償にケビン・ガーネットレイ・アレンというリーグを代表する選手を獲得する。
大きな注目を集めて迎えた2007-08シーズン、スター選手達によるエゴの衝突も懸念される中、3人は見事な協調性を見せてチームを66勝16敗という好成績に導く。
プレイオフでは苦しみながらもファイナルへと進出し、21年ぶりに実現したレイカーズとのシリーズを制して優勝を果たした。
ピアースは憧れのレイカーズを相手にシリーズ平均21.8得点、4.5リバウンド、6.3アシストの活躍を見せ、ファイナルMVPの栄冠に輝いた。
2013年にトレードで去るまでセルティックスで15シーズンを過ごし、錚々たる選手達の名が並ぶ中で、通算得点は現在、チーム歴代2位の記録となっている。
youtube:http://youtu.be/OuXVKKOyZ68

11.ボンジー・ウェルズ(Bonzi Wells)
キャプチャ

出身校:ボールステイト大学
ポジション: SG、SF
所属チーム:POR(1998~2003)→MEM(2003~2005)→SAC(2005~2006)→HOU(2006~2008)→NOH(2008)
キャリア平均:12.1PPG、4.6RPG、2.1APG、1.3SPG

本名はガウェイン・ディアンジェロ・ウェルズ。
ポートランド・トレイルブレイザーズに入団した当初は目立つ成績を残す事ができなかったが、次第にオールスター選手のスティーブ・スミスから出場時間を奪う活躍を見せ、4年目の2001-02シーズンにキャリアハイとなる平均17.0得点を記録するなどチームの主力選手へと成長していった。
ガードとしてはがっしりとした体格を持ち、スピードと身体の幅を利用したプレーを武器に得点を重ねた。
一方でファンへの暴言やヘッドコーチとの衝突で問題児として扱われ、2003年にブレイザーズを去ってからは移籍を繰り返し、かつての姿を取り戻せないまま2008年に現役を引退した。
youtube:http://youtu.be/rQW2m4kcP8A

13.キオン・クラーク(Keon Clark)
キャプチャ

出身校:ネバダ大学ラスベガス校
ポジション: C、PF
所属チーム:DEN(1998~2001)→TOR(2001~2002)→SAC(2002~2003)→UTA(2003~2004)
キャリア平均:8.2PPG、5.9RPG、0.9APG、1.6BPG、.500FG%

211cmの身長に対して体重は100kgしかなく、細身の体型ながら長い手足とスピード、跳躍力を生かしてブロックとリバウンドを量産した。
2001-02シーズンにトロント・ラプターズでシックスマンとしてプレーし、平均11.3得点、7.4リバウンド、1.5ブロックを記録する。
シーズン終了後のFA市場で注目の的になるかと思われたが、マリファナ所持で評判を落とし、能力に対して割安な契約金額でサクラメント・キングスに移籍した。
キングスでもシックスマンとしてプレーし、平均1.9ブロックを記録するなどベンチに厚みを加える活躍を見せた。
しかし、シーズン終了後にユタ・ジャズにトレードされると、迎えた2003-04シーズンには2試合に出場したのみで、その後に突然、現役から引退した。
高校時代から飲酒を続け、NBAデビュー後もハーフタイム中に飲酒していた事を後に告白している。
youtube:http://youtu.be/LUmwBNIyaA4

14.マイケル・ディッカーソン(Michael Dickerson)
キャプチャ

出身校:アリゾナ大学
ポジション: SG
所属チーム:HOU(1998~1999)→VAN-MEM(1999~2003)
キャリア平均:15.4PPG、2.9RPG、2.6APG、1.0SPG、.402 3P%

大学時代にマイク・ビビーとともにプレーし、アリゾナ大学のNCAAトーナメント優勝に主力として貢献した。
ヒューストン・ロケッツに入団し、1シーズンを過ごした後にバンクーバー・グリズリーズへ移籍、再びビビーとバックコートでコンビを組む事になった。
移籍1年目にビビー、シャリーフ・アブドゥル=ラヒムらとともに82試合全てに先発として出場し、チーム2位となる平均18.2得点を記録している。
チームの中心選手としてその後の活躍が期待されたが、脚に負った重度の故障により2001年から2シーズンで10試合にしか出場できず、2003年に5シーズンという短いキャリアに終止符を打った。
youtube:http://youtu.be/aCQDoe9gN-8

15.マット・ハープリング(Matt Harpring)
キャプチャ

出身校:ジョージア工科大学
ポジション: SF、SG
所属チーム:ORL(1998~2000)→CLE(2000~2001)→PHI(2001~2002)→UTA(2002~2009)
キャリア平均:11.5PPG、5.1RPG、1.4APG

オーランド・マジックに入団し、1年目は平均8.2得点、4.3リバウンドという平凡な数字に終わったものの、執拗なディフェンスが高く評価され、オールルーキー1stチームに選出された。
2001年に移籍したフィラデルフィア・76ersではラリー・ブラウンHC好みの選手として重用され、先発として平均11.8得点、7.1リバウンドを記録している。
76ersで1シーズンを過ごした後にユタ・ジャズへと移籍し、カール・マローンジョン・ストックトンのプレーに影響を受けてシュート成功率を大きく改善させると、キャリアハイとなる平均17.6得点を記録する活躍を見せた。
2003年にマローンとストックトンがそれぞれ移籍と引退でチームを去ってからは、チームキャプテンとして持ち前のリーダーシップを発揮しジャズを牽引したが、シーズン中に負った怪我により徐々に個人成績が下降し始め、チームにとって重要な選手としてプレーを続けながらも故障が悪化した2009年に現役から退いた。
頭脳明晰な選手として知られ、大学時代にはスポーツと学業の両方で秀でた生徒に贈られるアカデミック・オールアメリカンを受賞している。
youtube:http://youtu.be/yvWqSmfjJuo

17.ラショー・ネステロビッチ(Rasho Nesterovic)
キャプチャ

ポジション: C
所属チーム:MIN(1998~2003)→SAS(2003~2006)→TOR(2006~2008)→IND(2008~2009)→TOR(2009~2010)
キャリア平均:6.8PPG、5.1RPG、1.0APG、1.2BPG、.502FG%

ギリシャとスロベニアの国籍を持つ213cmのセンタープレイヤー。
NBAデビュー前はスロベニアやイタリアなどユーロリーグで活躍した。
ミネソタ・ティンバーウルブズ入団後、しばらくは出場時間に恵まれなかったが、4年目の2001-02シーズンに82試合全てに先発出場するまでの成長を見せ、翌2002-03シーズンには平均11.2得点、6.5リバウンド、1.5ブロックを記録する。
この活躍によって、引退したデビッド・ロビンソンに代わるセンタープレイヤーを探していたサンアントニオ・スパーズと6年間の高額契約を結ぶ事に成功する。
移籍後は得点力を低下させたものの、リバウンドやブロックなどゴール下のディフェンスに存在感を発揮し、優勝チームの一員として2005年に自身初のチャンピオンリングを獲得している。
2010年にトロント・ラプターズでプレーしたのを最後にNBAを去ると、ギリシャのチームと契約してヨーロッパのリーグに復帰した。
youtube:http://youtu.be/Q0qCnDmEMEE

21.リッキー・デイビス(Ricky Davis)
キャプチャ

出身校:アイオワ大学
ポジション: SG、SF
所属チーム:CHH(1998~2000)→MIA(2000~2001)→CLE(2001~2003)→BOS(2003~2006)→MIN(2006~2007)→MIA(2007~2008)→LAC(2008~2010)
キャリア平均:13.5PPG、3.5RPG、3.3APG、1.0SPG、.361 3P%

アイオワ大学で1年プレーした後、アーリエントリーを宣言してシャーロット・ホーネッツに入団する。
高い身体能力を持ちながらもデビュー当初は未熟なプレーが目立ち、出場時間を勝ち取る事ができずに伸び悩んだ。
2001年に低迷するクリーブランド・キャバリアーズに移籍すると、少ない戦力の中でチームの重要な選手へと成長し、2002-03シーズンに平均20.6得点、4.9リバウンド、5.5アシスト、1.6スティールと孤軍奮闘の活躍を見せた。
しかし、シーズン終盤に行われたユタ・ジャズとの一戦でキャリア初のトリプルダブルを達成させるために不正なプレーを試み、激しいバッシングを浴びることになった。
2003年のレブロン・ジェームス入団を機にキャバリアーズはジェームスを中心としたチーム作りを開始し、デイビスはボストン・セルティックスへ放出される。
一時、評価を大きく落としたデイビスだったが、移籍後はチームのサポート役として攻守にわたり献身的なプレーを見せた。
youtube:http://youtu.be/lF7h3VZ3ZFI

25.アル・ハリントン(Al Harrington)
キャプチャ

出身校:セントパトリック高校
ポジション: PF、SF、C
所属チーム:IND(1998~2004)→ATL(2004~2006)→IND(2006~2007)→GSW(2007~2008)→NYK(2008~2010)→DEN(2010~2012)→ORL(2012~2013)→WAS(2013~2014)
キャリア平均:13.5PPG、5.6RPG、1.7APG、.352 3P%

高卒プレイヤーとしてインディアナ・ペイサーズに入団する。
しばらくは目立った成績を残す事ができず、NBA入りは時期尚早と囁かれたが、2002-03シーズンにチームでただひとり82試合全てに出場し、平均12.2得点、6.2リバウンドを記録するなどシックスマン賞の候補にも挙げられる活躍を見せた。
2004年にアトランタ・ホークスに移籍してからはチームの主力選手として成績を伸ばし、2008-09シーズンにキャリアハイとなる平均20.1得点を記録している。
206cmの恵まれたサイズを持ちながらアウトサイドシュートにも能力を発揮し、平均16.5得点を記録した2006-07シーズンにはスリーポイントシュート成功率43.3%という高い数字を記録した。
youtube:http://youtu.be/8pTINh-nlw8

29.ナジー・モハメド(Nazr Mohammed)
キャプチャ

出身校:ケンタッキー大学
ポジション: C、PF
所属チーム:PHI(1998~2001)→ATL(2001~2004)→NYK(2004~2005)→SAS(2005~2006)→DET(2006~2007)→CHA(2007~2011)→OKC(2011~2012)→CHI(2012~2015)→OKC(2015~2016)
キャリア平均:5.8PPG、4.7RPG、0.4APG

インサイドのディフェンスに力を発揮するビッグマンとして、長期にわたり活躍を続ける。
キャリア初期は故障に苦しむシーズンが続いたが、2000-01シーズン途中にアトランタ・ホークスに移籍してからはシーズン後半に平均12.3得点、9.0リバウンドを記録する活躍を見せ、翌2001-02シーズンからは先発として起用された。
2005年にサンアントニオ・スパーズに移籍し、2005-06シーズンを控えとしてプレーしたが、プレイオフに入ると全試合で先発を務め、ティム・ダンカンのサポート役として優勝に貢献している。
youtube:http://youtu.be/sGNmKnnWMrA

31.ルーベン・パターソン(Ruben Patterson)
キャプチャ

出身校:シンシナティ大学
ポジション: SF、SG
所属チーム:LAL(1999)→SEA(1999~2001)→POR(2001~2006)→DEN(2006)→MIL(2006~2007)→LAC(2007)
キャリア平均:10.7PPG、4.2RPG、1.8APG、1.2SPG、.517FG%

ロックアウトによって短縮されたルーキーシーズンにギリシャのプロチームと契約し、1998-99シーズン後半からロサンゼルス・レイカーズでNBAのキャリアをスタートさせる。
シーズン終了後にシアトル・スーパーソニックスに移籍し、翌1999-2000シーズンに平均11.6得点、5.4リバウンド、FG成功率53.6%という数字を残した。
この頃から激しいディフェンススタイルで存在感を発揮し、とくに元チームメイトのコービー・ブライアントに対して見せる執拗なディフェンスから「コービー・ストッパー」と呼ばれた。
2001年からプレーしたポートランド・トレイルブレイザーズでは、チームの重要な選手として活躍しながらもコート内外で度々問題行動を起こし、「ジェイル(刑務所)ブレイザーズ」と呼ばれたチームの中でも象徴的な選手となってしまった。
2006-07シーズンをミルウォーキー・バックスでプレーし、キャリアハイとなる平均14.7得点、FG成功率54.8%を記録したが、2007年にNBAの舞台から去り、その後はレバノンでプレーした。
youtube:http://youtu.be/MHgCwE0zzKs

32.ラシャード・ルイス(Rashard Lewis)
キャプチャ

出身校:アリーフ・エルシク高校
ポジション: SF、PF
所属チーム:SEA(1998~2007)→ORL(2007~2010)→WAS(2010~2012)→MIA(2012~2014)
キャリア平均:14.9PPG、5.2RPG、1.7APG、1.1SPG、.386 3P%
オールスター出場:2回(2005、2009)

NBAで成功をおさめた高卒選手のひとりであり、身体能力に優れた身長208cmの長身シューターとして活躍した。
シアトル・スーパーソニックス入団当初は出場時間を勝ち取れなかったが、徐々にチームに貢献できる選手へと成長し、3年目の2000-01シーズンに先発に定着して平均14.8得点、6.9リバウンド、スリーポイントシュート成功率43.2%を記録する活躍を見せた。
その後も毎シーズンのように個人成績を伸ばし、2004年に加入したレイ・アレンから多くの影響を受けると、2004-05シーズンに平均20.5得点を記録する活躍で初のオールスターにも選出された。
2007年にフリーエージェントになると、9シーズンを過ごしたソニックスを去る事を決意し、マックス契約を結んでオーランド・マジックへ移籍する。
マジックでは中心選手のひとりとしてファイナル進出にも貢献したが、マックス契約の選手としては物足りない数字に疑問の声が挙がる事もあり、故障によって数字を落とし始めてからはチームの不良債権と囁かれた。
2012年に移籍したマイアミ・ヒートではソニックス時代のチームメイトのレイ・アレンとともにベンチから登場するシューターとして活躍し、自身初となるチャンピオンリングを獲得している。
youtube:http://youtu.be/SI2ncPI-YlQ

39.レイファー・アルストン(Rafer Alston)
キャプチャ

出身校:カリフォルニア州立大学フレズノ校
ポジション: PG
所属チーム:MIL(1999~2002)→TOR(2003)→MIA(2003~2004)→TOR(2004~2005)→HOU(2005~2009)→ORL(2009)→NJN(2009~2010)→MIA(2010)
キャリア平均:10.1PPG、2.8RPG、4.8APG、1.2SPG、.354 3P%

高校時代から「スキップ・トゥ・マイ・ルー」と呼ばれるストリートボーラーとして名を馳せ、地元ニューヨークで絶大な人気を誇った。
この頃、アルストンの家族が彼のプレー映像をアパレルメーカーのAND1に送り、AND1がこの映像をもとにヒップホップの楽曲をのせて編集した「AND1・Mixtape」が爆発的な人気となり、世界的なストリートボール人気の起爆剤となった。
アルストンはこの人気を足がかりに大学進学し、NBA入りを果たしている。
ストリート出身のNBA選手として人気を集め、2004-05シーズンに平均14.2得点、6.4アシストを記録するなど活躍した。
youtube:http://youtu.be/gkMyiGGiiVU

41.カッティーノ・モーブリー(Cuttino Mobley)
キャプチャ

出身校:ロード・アイランド大学
ポジション: SG、SF、PG
所属チーム:HOU(1998~2004)→ORL(2004~2005)→SAC(2005)→LAC(2005~2008)
キャリア平均:16.0PPG、3.9RPG、2.7APG、1.2SPG、.378 3P%

ニックネームは「キャット」。
アキーム・オラジュワンらビッグネームが揃うヒューストン・ロケッツに入団し、ドラフト下位指名ながら1年目から平均9.9得点を記録した。
2年目には控えとしてプレーしながら平均15.8得点を記録し、新人のスティーブ・フランシスとともにロケッツを牽引する活躍を見せる。
その後、先発へ昇格したモーブリーはフランシスと強力なバックコートを形成し、2001-02シーズンにはキャリアハイとなる平均21.7得点を記録する。
活躍の一方でフランシスとともにボールを持ち過ぎると批判を受けることもあり、ロケッツが2002年に入団したヤオ・ミンを中心としたチーム作りの方針を固めると、2004年にフランシスと揃ってオーランド・マジックへトレードされた。
移籍して間もなくサクラメント・キングスへトレードされ、シーズンが終了するとロサンゼルス・クリッパーズと契約を結ぶ。
クリッパーズではチームの得点源として活躍し、チームの久々のプレイオフ進出に貢献している。
2008年にニューヨーク・ニックスへ移籍したが、入団前の身体検査で深刻な心臓病を患っていることが発覚し、突然の引退を発表することになった。
youtube:http://youtu.be/N2CRZi3OWI8

この記事を書いた人
TANA

バスケ初心者でありながらバスケサークルを立ち上げる。
2025年までの代表。
初心者ならではの視点でバスケを見つめ、「もっと楽な道」がないかを常に探求し続ける。

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