涙の断捨離

日常
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自分でちょっと病的かなと思うところ。

一旦いらないと思ったら、一刻も早く捨てないと気が済まない。

何でもかんでも後先考えず捨ててしまい、あとあと後悔してしまったことも多々ありますが、それでもこの性格はいまだに治らない。

それは家族の所有物も対象となってしまい、何年もずっと手付かずで置いてあるものを見ると、「もうこれはいらないだろ」と捨てたくて仕方なくなってしまいます。

でも、ママにいくら低姿勢で「そろそろ処分しない?」とお伺いしても、「アタシの思い出の品なの!!」とすぐにブチ切れてしまいます。

ジィジ&バァバも「うちらが死んでからにしてくれ」の一点張り。

思い出かなんか知らんけど、それがユウとフウの思い出をつくるスペースを潰しているんだよ!と、言いたいけれども言えない。

そう言いながら、自分自身にも捨てられずにいる思い出の品々がたくさんあることに気付いてしまいました。

これでは何を言おうと説得力がないので、まず自らがそれらを捨てなければならないと覚悟を決めました。

それらの品々。

子どもらの靴もありますが、その中に私が愛したスニーカーの面々も。

基本的にコレクションする趣味はないので、履き潰したら次の靴を買うというスタイルなのですが、

長年履いてきた靴は愛着が湧きすぎて、完全に履けなくなってからも捨てられずにいました。

20年以上前に買ったバッシュ、アレン・アイバーソン初のシグネチャーモデル『QUESTION』。

続くセカンドモデル、『THE ANSWER』。

一目惚れして購入したGRAVISターマック。

ほかにも色々…

いつでも思い出せるように写真だけ残しておいて、スーパーで買ってきた不燃物の袋に次から次へと突っ込んでいきました。

ゴミの日は涙をこらえながら、断腸の思いでゴミかごの中に入れてきました。

と同時に、すっきりした下駄箱を見ると、たまらない気持ち良さも込み上げてきました。

ここから、私の中の断捨離熱が一気に燃え上がってしまいました。

まずは、捨てられなかったというより、捨てるのが手間でため込んでしまった不要物の片付けから。

車庫の一画を占拠していた、塗料、ワックスやらオイルやらのカー用品、木材、など。

本当は液体を固めてしまう廃棄用の凝固剤を使えば良いのですが、量が多かったのもあって、新聞に塗り広げて乾かして、また重ねて塗り広げてを繰り返しました。

カー用品はわけのわからない物も多かったのですが、そのほとんどが二人の弟が家を出る時に残していったものばかり。

呼び出して引き取らせようかとも思いましたが、家に残ったものの務めとしてこちらで処理することにしました。

思った以上に数が多く、全部処理し終わるのに楽々一ヶ月以上かかってしまいましたが、

不要物がなくなっていくのは、やはりこの上ない快感。

可能な限り、家中から不要物がなくなって欲しい。

そしてこざっぱりとした、何もないシンプルな部屋に住みたい。

でも我が家はひたすら物をため込む習性がある家族ばかりなので、それはたぶん一生無理。

せめて、5年以上触れてもいないのはどんどん捨てさせてもらいたい。

飾ることもなく、物置の隅でホコリをかぶっている木彫りの熊とか絶対もういらんだろ。

と、思うのですが、それすら私が触れようとすれば、「お前には人の気持ちがないのか!?」と罵られるという…

理想の空間まで、まだまだ先は長そうです。

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